アレルギー・アトピー

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(体験談)豆アレルギーとわかるまで…

Sさん(ご本人の体験談:30代)

<アレルゲン>
◇食品アレルゲンRAST:すべてクラス0(陰性)
◇特に、強い症状が出る大豆:RAST実測値0.00
◇ダニ・ハウスダスト・動物RASTなど環境アレルゲン:陽性

<体験談>
私が豆アレルギーだと気づくまでの経緯を書きます。皆様の参考になればと思います。

生後すぐ、脂漏性湿疹だったそうです(母乳育児)。生後2ヶ月の頃はミルク育児だったそうですが、ミルクを少しずつしか飲まず、夜中に何度も起こされたと母から愚痴られました。今は、「ミルクアレルギーで飲みたくなかったんだろうね、ごめんね」と謝ってもらっています。

小学2年生くらいまで、足の付け根の外側がジュクジュクしていました。4年生くらいから悪化し、足の付け根の外側、内側、膝の裏、膝の内側がジュクジュクして、胸のあたりや首がガサガサしていました。5年生頃からは、頬がジュクジュクになり、何も知らずにネリゾナユニバーサルクリームを塗っていました。それも、顔に! ステロイドをつけても、まったくなりませんでした。突然、耳がジュクジュクすることも、時々ありました。最近になり、この症状はドライフルーツの油であることがわかりました。

中学2年の夏休み、急速に改善します。変わったことと言えば、給食を食べていないことだけ… 給食が原因?と思いました。2学期がはじまると、また悪化したので、給食が原因だったようです。高校もそれなりのアトピーでした。

大学1年生の時、微熱が続き、だるくて、どうも動けなくなりました。病院で抗生物質と抗炎症剤を出されて、それを飲むと調子が良くなります。でも、飲まないと、相変わらず微熱が出て、調子が悪いままでした。原因不明のまま、夏休みに実家に帰省をして、約1ヵ月後、微熱が治まりました。しかし、下宿先に戻ると、また微熱がはじまりました。それで思い当るものがありました。某ショップFで購入した「丸大豆醤油(一年熟成)」。やめると、微熱が消えました。これが原因だったようです。

この頃、肌はガサガサでした。エモリカの入浴剤を用いたお風呂で、肌の調子は良くなりました。保湿が重要であることも、ようやく認識しました! 納豆を食べると、鼻血が出たり、鼻が切れたりするので、納豆を避けるようにしました。調子は今ひとつでした。

大学卒業後、H県へ。自分が「おいしい♪」と思うものだけ食べる生活をはじめると、非常に調子が良くなりはじめました。この頃、オリーブオイルに出会いました。「世の中、こんなにおいしいものがあるなんて!」と感動しました。それ以降、ずっとオリーブオイルを愛用しています。H県にいた頃は、パン・うどんなどの小麦製品をおいしいと食べていたし、症状もほとんどありませんでした。しかし、A県のパン・うどんなど小麦製品はおいしいと思いません。小さい頃から嫌いでした。

突然、調子が悪くなりました。きっかけは「妊娠」です。妊娠そのものがきっかけではなく、妊娠したら「和食が良い」と言われたために、和食を食べるようにしたことがきっかけでした。でも、つわりだと思っていました。10ヶ月に入ってから、どうにも調子が悪く、医師や看護師に言っても取り合ってもらえません。でも、どうしても調子が悪いので、血液検査をしてもらうと、ケトンが出ていたようで、もっと早く言いなさいと怒られました。ずっと訴えていたのに…(涙) これは私が医療機関を間違ったためだと思います。諸事情があり、ここで出産するしかなかったのですが、とても反省しています。この反省から、今は「自分にあった医療機関を選ぶ」ことを非常に大切にしています。「自分が我慢をすると、子どもが辛い思いをする」ことを学びました。出産や子どものアレルギーのことは省略します。

諸事情でA県に引っ越すことに決めました。A県に来てから、多くのものを食べますが、おいしいと思うものがありません。そうこうしているうちに、左手が痒い、痒いだけではなく、腫れています。小指からだんだん移動し、右手まで… 左手が良くなった頃には、右手は2倍に腫れていました。でも、病院に行こうと思いませんでした。どうせ行っても原因がわからないし、治らない。今までの経験からくる非常に強い医療不信です。

しばらくすると、某パン屋さんのパンが原因?と思い当ります。夫がそこのパンでないと嫌だというのを、非常に切羽詰った気持ちで訴えます。「私と娘がこんなに辛いのに、どうして、このパンでなければだめなの? やめてみて、このパンが原因でなければ、また食べさせるといっているじゃない!(激怒)」 パンが目の前にあると食べてしまう自分の弱さを夫のせいにしていました。

娘はこの頃、1時間おきに起きて…というか寝てくれず、おっぱいをくわえているときだけ、目をつぶり、おっぱいが離れると、目を覚まし…の繰り返しで、毎日午前4時まで繰り返していました。今考えると、午後7時に夕食ですから、午前4時までの約9時間は、夕食に影響されていたと考えています。約9時間で消化吸収が終わり、アレルギー反応が治まったのだろうと思っています。

このパンをやめてから、右手の腫れが徐々に治まってきました。また、娘も午前4時までねないということはなくなりました。でも、完全にはよくなりません。この頃から、今までなんでもなく食べていたものにまで反応しはじめました。Y乳業のバターや質が良い卵など… 

「おっぱいには和食が良い」と聞いて、和食にしては調子を崩し… やはり、前の食事に戻そうと、以前の食事にすると、調子が良くなり、調子が良くなると、「おっぱいのためには和食が良いというし…」と、和食にして、また体調を崩し…という繰り返しをしていました。

和食をあきらめようと決意したのは、二人目が産まれ、私が味噌汁を飲んだ時に下痢をすることに気づいたときでした。私にとっても、娘にとっても、調子が悪くなる食事をする必要があるのか… でも、日本人として生まれてきたからには和食が食べたい… いろいろな思いが頭の中を駆け巡ります。でも、下痢をするので、食べられません。この頃はまだ医療機関を受診せず、勝手に除去をしていました。

H県にいた頃、「自分がおいしいと思うものを食べる!」と決意し、調子が良くなったことを思い出し、「自分がおいしいと思うものを食べる生活」に変えていきました。イタリア料理風が多かったです。「豆」が原因であると思わず、「和食があわない」と思っていました。

この頃、上の子は肘の内側にジュクジュクが出ていました。自分もアレルギーなので、娘もアレルギーだろうとは思っていました。しかし、今までの医療不信から受診できずにいました。おっぱいサークルで、今の主治医の話を聞きました。でも、勇気が出ません。そんなとき、主治医が「粗食のすすめ」の幕内先生の公演を開催することを知ります。「どんな医師なのか見てからにしよう…」と公演に出かけました。幕内先生のお話は心に響きました。そして、この方を呼ぶ医師なので、食事のことを指導してもらえるかもしれないと期待して受診しました。

3日分の食事を書き、診てもらいました。上の子は、小麦・牛乳・卵を、下の子はカボチャ、ゴマを指摘されました。そして、以下のやり取りをしました。

医師 「お母さん、野菜は?」
私   「嫌いだから食べません(きっぱり)」
医師 「お味噌汁は?」
私   「嫌いだから飲みません(きっぱり)」
結局、お味噌汁と野菜を食べることを指示されました。

しばらくして、以前から申し込んでいたマクロビの料理教室がありました。醤油が丸大豆の1年熟成のものでした。食べても味がしません。醤油をなめているのに、味がしないのです。過去を思い出しました。「そうだ、醤油…」 「豆アレルギーではないのかな?そういえば、下の子は味噌汁で下痢をするし…」と、過去のいろんな出来事を考えていました。食べ終えて帰る途中、車中で娘たちの呼吸が苦しそうです。私自身も苦しい。苦しいのは初めての経験でした。

いろいろ思いをめぐらせ、「お醤油があわないんだ。お醤油だったんだ!豆だったんだ!」と、自分の体調の原因が「豆」だということにようやく気づきました。次の受診時、医師に訴えました。
私   「お醤油があわないと思います。下の子は、私が味噌汁を飲むと下痢をします」
医師 「…そうですか?そんなことないと思いますよ」
私   「でも、呼吸も苦しそうなんです」

豆だと認めてもらわなくては困ります。必死に食い下がりました。
医師 「では、血液検査をしましょう」と言ってくれました。医師は小麦による呼吸困難を心配したようです。

医師 「でも、豆は日本人が昔から食べてきているものなので… それに、お母さん、すべての油には、大豆が含まれているんですよ。それが大丈夫なら、お醤油やお味噌は大丈夫です。油は何をお使いですか?」
私   「(そうなんだ… 豆じゃないんだ。じゃあ、原因はなんだろう?) オリーブオイルです」

医師の血相が変わりました。

医師 「国産ですか?」
私   「(外国産だといけなかったのかな…) イタリア産です」と消えるような声で言いました。

受診まで、豆だと思い、豆だったら、すべてが説明がつく、例えば、「パン」だと、ずっとバターの質が原因だと思っていたのですが、バターではなく、マーガリンやショートニングが使われていたとしたら、説明がつきます。これでようやく、いろいろな症状から解放されると喜んでいたのに否定され、絶望した気分です。何が原因だろう?これからどうすれば良いのだろう?これからも、こんな症状がずっと出続けるの(涙)?いろんな思いが脳裏をかすめます。

医師が立ち上がり、何か本を探しています。医師は、日本油のすべてには、大豆油が混入をしていますが、外国産のオリーブオイルには、大豆油が混入をしていません。下のお子さんが豆が駄目なようなので、豆のお味噌の代わりに、米味噌、米醤油などを使って下さいと、代替食品を購入できるお店を教えてくれました。

やっぱり、豆だったんだ!やっぱり、豆だったんだ!

私が豆アレルギーだとは認めてもらえていませんが、とりあえず、下の子が豆アレルギーなので、豆の除去を認めてもらえました。幸せです。やはり、医師の指示のない除去は難しいです。認めてもらえて、ほっとしました。でも、主治医は豆を食べさせる手技です。大豆・黒豆・小豆は食べてはいけないけど、他の豆(金時豆・白花豆など)を食べて下さいと指示されました。そして、野菜をもっと食べてと…

いろんな豆を購入してみます。でも、どれを食べても調子が悪い。野菜も食べると、調子が悪い。かろうじて、食べられるのはタマネギくらい。私が豆を食べると、下の子も一緒に調子が悪い。私は、豆が大嫌いです。食べいものが食べられないストレス、食べたくないものを食べないといけないストレス、豆の症状としてのイライラやパニックから、主治医と対立をします。

主治医には、「食べられる豆を食べられるだけ食べて…」と指導されましたが、「1粒でも食べると、症状が出るのですが…」と食ってかかりました。主治医に有機食材にするように言われました。次の受診時、有機でも駄目だったことを伝えると、では、違う種類の豆を試すように言われました。

私の家は豆だらけです。1回煮ただけで残っている豆たちの山… これ以上、それを増やしたくありません。私は豆が嫌いで、触りたくありませんし、見たくもありません。そのくらい嫌いです。食べられる豆を探すために、豆を食べ続けているおかげで、豆の症状がだんだん強くなっていきます。私が豆を食べると、不安に駆られます。なんでもないことが不安に思うのです。豆を食べ続けているために、その不安が膨れ上がりました。

さらに、私は豆を食べると、動けなくなります。ただただ、じっと時がすぎ、体調が良くなるのを待つしかありません。感がえる力がまったくなくなり、おかしなことをします。例えば、右にまがらないといけないところを、曲がらないといけないと思いながらも、左に曲がってしまうとか、いろんなものにぶつかる、よく転ぶ、忘れ物がひどいなどです。当然、そんな自分にイライラします。動けないので、部屋もどんどん散らかっていきます。子どもは遊んでもらえなくて、欲求不満。しかし、何かすると、母に八つ当たりされ… (申し訳なかったです) 「私はなぜこんな思いをしてまで、豆を食べなければいけないのだろうか、子どもに非常に迷惑をかけているし、夫にも迷惑をかけている。私は豆が嫌いだ!嫌いで何が悪い!」と爆発しました。

「豆を食べたくありません。もう2度と豆を食べません」ときっぱり言いました。すっきりしました。でも、主治医は納得しません。当然です。でも、今、私が食べられる豆を探すことは無理です。とりあえず、次回の受診までお休みをすることにしましたが、野菜を食べてくださいねと念を押されました。

次の受診の時です。食物日誌を渡すと、主治医から意外なことを言われました。

医師  「お食事は、お母さんの思うとおりにして、結構です」
私   「???」
医師  「血液検査の結果、2人のおこさんとも、貧血もないし、亜鉛の値も正常です。これはお母さんの食事が2人のお子さんにあっているということなので、お母さんの自由にしていただいて結構です」
私   「…(それでは、野菜も豆も食べなくていいのぉ♪)」

それから医師は豆や野菜のことを言わなくなりました。しかし、いろんな症状のことを豆の症状だと話すと、「農薬では?」と言われ続けます。私は、その頃、無農薬野菜を手に入れることができませんでした。食べていたのは、減農薬の野菜各種。医師から無農薬野菜の販売店を教えてもらい、すべて無農薬にしました。さらに、その他の食品はすべて大地宅配、ヘルシーハットにしました。食費はものすごかったです。

しばらくのち、有機の金時豆を自分で煮て、約1/2粒食べました。せっかく良くなっていた右手が… これでやっと豆だと認めていただけました。主治医はもともと豆アレルギーもあるとわかっていたと思いますが、「豆を食べません」などと宣言している人に、豆アレルギーであることを伝えて、豆を一切取らなくなることを恐れたのだと思います。ようやく、一番の原因と考えられる、「豆アレルギー」と認めてもらえました。

今、幸せです♪ 今まで30年以上、苦しんだ症状がないのです。これからも私が気をつけていれば、症状が出ないのです。無農薬の食材で、ほぼすべて自分で作らなければならなくて、非常に辛いですが、症状が出るよりは、作る苦労の方をとります。でも、他の人に「そこまでしなくても…」とよく言われます。辛いです。私はそこまでしないと、幸せに生きていけないのです。「やりたくてやっているわけではない」のです。「やらなければならなくて、やっている」のです。

私が幸せに生きるために、絶対に必要不可欠なことは、「私の体にあった食べ物を食べること」なのですから…

参考までに、私の治療方針は、
◇必要な薬は使うこと
薬は文明の利器の1つだと思っています。車があれば便利だし、包丁があれば便利だし… 薬があれば便利なので使っています。薬には副作用があります。これは車にも包丁にも、利点と欠点があることと同様です。車も包丁も、薬も上手に使うことが大切だと思います。

◇食事に気をつけること
私と2人の子供は非常に食事に影響されるので、とても重要です。

◇お掃除はほどほどに…
掃除はとても苦手です。掃除も!食事も!とはできないので、食生活に重点をおいています。

◇保湿もほどほどに…
バタバタしていてきちんと濡れません。しっかりと濡れている方を尊敬します。

◇洗剤も体にあったものを使うこと
シーマイルドが非常にあっているので使っていますが、洗浄力は弱いです。サブに使う洗剤もできるだけ、体にやさしいものを選んでいます。

◇人間関係対策
あることをやりはじめて、非常に良い方向に物事が進んでいます。良い病院が見つかったこと、祖父母がアレルギーに対して理解を示してくれたこと、良い幼稚園が見つかったこと、良い友人たちに恵まれたり…

ご協力を頂いた方には、厚く御礼申し上げます。


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