お空にいった「ゆいちゃん」と流産の記録
流産後の生活 No.1
2006年4月13日
みゅーちゃんの園での懇談会は約1時間だったけど、かなり辛かった。園児用の小さなイスに座ると、下腹部に鈍痛が走る。床に座ったり、イスに座ったり、周囲から見たら変な人だったかもしれない(苦笑)。昨夜から少しつわりと似た症状もあり、気分が悪い。手術後につわり症状がはじまった? まあ、ホルモンバランスは手術してもすぐに戻るわけでもないからありえるとは思うけど… それよりもストレスかな。肉体的にも苦痛なのに、精神面はかなりヘビーな状態。でも、園ではさすがにそれを隠して、作り笑顔してないといけないから… 11日から送迎が始まり、今日から弁当開始。送迎ではあまり他の人と顔を合わせず、さっさと帰宅に限る。以前よりひどくなったかも… 今年から園終了後、少し遊ばせようと思っていたのに…

2006年4月14日
今日はみゅーちゃんを園に送った後、すぐに産婦人科受診。経過は順調なので、診察はこれで終了。内診台に乗り、内診とエコーを受けている間、台の後ろでゆーちゃんは、「ママ、だいじょうぶ?がんばれ!」と大声で繰り返して叫び、ずっと励ましてくれていた。そういえば、ゆーちゃんはトイレについてくるので、ナプキンを見て、「ママ、それ、なあに?」といつも聞く。「ママのオムツ」と言うと、「ママのオムツか…」と納得。みゅーちゃんも同じく質問をするが、自分で、「ママがオムツをすると、お腹の痛みを早く治してくれるんだね」とか、「ママのオムツで、赤ちゃんがきてくれるようになるんだよね」という。年長になると、考え方もまともになるな…

からだの元気も出てきてた。今週はお迎え後の園庭遊びは避けたかったけど、ゆーちゃんがベビーカーから脱出。結局、約20分くらい遊ぶことになる。最終的に滑り台にあがり、降りれなくなり、号泣。みゅーちゃんが誘いに行っても、「こわい、こわい」と泣き叫び、結局事情を知ってるクラスのママが降ろしてくれた。なんか降ろすという考えがわかったなかった自分を再確認。心はまだ空虚感が高すぎる。

2006年4月15日
今朝からほぼ出血が止まった。昨日から精神的に回復傾向にあったが、旦那がみゅーちゃんだけを連れて映画に出かけてしまったために、ゆーちゃんのワガママ度はアップ。「おにぎり食べる」と言うので、おにぎりを作ると、「おにぎりは駄目、ごはんとふりかけ」、次は「おにぎり」…の堂々巡りが多くなっているが、これがとても辛い。たぶん、何もなくても、2歳児の反抗期は辛いと思うけど、まだオペして5日目。毎日とても辛い。今日は旦那に2人を連れ出して、1人のんびりとしたかったのに、それもかなわなくて、拍車をかけたように、精神的にうつ状態。涙が止まらない…

3時間くらいは我慢できても、それ以上は限界。自分が自分でなくなるようだったので、旦那にメール。映画が終わって、すぐに帰宅した。「悪かった」と謝ってくれ、その罪滅ぼしなのだろうけど、すぐに「携帯機種変に行こう」と。いつもなら再度出かけることもないのに、バスに揺られて、ヨドバシまで行く。旦那は先月1つ前のタイプのFOMAのP901isに機種変した。そのときは8000円くらいで、ドコモポイントで交換できたけど、今日はなんと機種変が10円。もちろん、旦那と同じ1つ前のタイプ(N901is)だけど… これで少し気分上向き? 単純すぎ?

2006年4月17日
今日は少しいいことがあった。クラスは違うけど、昨年サークルで紹介された、同じ幼稚園の子どもが同級生のママと、初めてゆっくりと話すことができたからだ。朝もかなり話せたのに、午後も話せて本当に楽しかった。先週がうつ的な気分だったので、そのママと話して、心も少し明るくなった。今週は明るい日が続くといいんだけどな… ただ、週後半は旦那が泊出張で、まったく帰ってこないんだよね。そこが乗り切れるかどうかだな…

2006年4月20日
大分元気が出てきて、前向きになれる時間が増えてきた。夜の寝かせつけの時に、ゆーちゃんが寝たあとのみゅーちゃんの言葉。「ママ、もう死んだりとか思ってない? 生きてないないとダメなんだよ。死んで、お空行くと、もう会えないんだよ〜」と少し涙を浮かべながらつぶやいた。もうそういう気持ちはなかったので、それを伝えると安心したようだ。

2006年4月23日
私のストレスは昨日絶頂期を迎えた。結局、出張からの帰宅時間は午後9時頃で、平日より少し早い程度。そのため、今日は1〜2時間でも、外で1人の時間を作って気分転換をしようと思っていたけど、旦那は高いびきで1日中寝ているため、とても無理。旦那がいるからと思い、出かけようとすると、子どもたちは「行かないで〜」とすがりついてくるし、部屋は荒らされ、片付けもできないし、自分の食もできない状態で、かなり心はボロボロ。明日から平日だし、週末まで我慢するしかないんだよね。その週末すら、どうなることかわからないけど… ともかく、もう辛い状況なので、涙が出るし、生きる意欲も少なくなってきた。旦那がようやく気づいたのか、来週の土曜日(29日)の午前中は子ども2人を見てるから、母乳育児サークルに1人で行き、ランチでも何でもしてくることを認めてくれた。それを楽しみに頑張るしかないよね〜

2006年4月25日
昨日は新しく立ち上げるための育児サークルの友人2人と会って打合せをして、楽しく過ごして、心が少し明るくなった。このまま回復傾向にあると思ったが、夕方頃から、ある事柄に対して、パニック症候群と思われる症状が起きた。手が震え、動悸がひどく、呼吸が苦しくなり、貧血で倒れる手前の頭の症状(先日の強いアレルギー症状のときと同様)で、前回のアレルギー症状以上にヤバイと思った。このまま倒れるわけにもいかないので、友人に頼んでメール交換などをしてもらって、意識を保つことにした。あまり記憶にないが、子どもにはおにぎり程度の食事と入浴(湯船につけて、5〜10分ほど遊ばせる程度、私は入ると危険を感じたので入らず)をさせた。今回は子ども達も私の周囲でおとなしく遊んでいる。なんとなくわかってるのか? ともかく、子ども達を動揺させないで、普通に遊んでいてもらうことで、私の体がもってる感じ。その症状は治ることもあるが、症状が波のように押し寄せる。結局、症状が完全に消えたのが、日付の変わる頃で、旦那がまもなく帰宅するとわかった頃。旦那が帰ることでホッとしたのか? ともかく寝て安静にすることが怖かった。初めてのパニック症候群(?)なので、動揺もしている。今日は心の不安はあるものの、少し落ち着いた。ただ、カカオクリーム入りのパンを食べて下痢。もう過敏症の域を超えて、精神状態に依存しているように思えてきた。また、掲示板のコメントなどが数日できない状態になってるのは確か。

2006年4月27日
送迎の時間帯はどちらも雨。そのため、流産後はじめて、ゆーちゃんをおんぶで行く。雨天時は2階の教室前まで行くのだが、ゆーちゃんをベビーカーから降ろすと、大変なことになるから。そこで気づいたのは、断乳前はおんぶでの送迎がとても辛くて、途中で何度か休まないと、園⇔自宅にたどり着けなかったし、息切れもたくさんしていた。でも、今日は流産後17日目だけど、体がかなり軽快で、1度も休むことなくおんぶで送迎ができたのだ。助産師さんにメールで弱音を吐いたとき、「今の私では妊娠を継続できるだけの体力がなかったから、赤ちゃんはきっと私の健康と心を優先させてくれたんだよ」という内容のコメントが先日もらえたんだけど、その意味がようやく理解できたように思い、とても納得。このまま妊娠が継続できても、食事に対しても過敏性が増してるし、赤ちゃんのいることがわかったら、過敏性を起こさせないためにも除去継続になるため、体力がますますなくなったかもしれない。そして、お腹が大きくなり、私の体力がなくなり、妊娠継続が難しいとなれば、きっと母体優先となる。その処置の方が、現在の心の痛みよりもはるかに辛い思いをすることになる。きっとそこまで考えて、心の傷が極端に深くならないごく初期のうちに、自ずから去ってくれたのかもしれない。これは予測に過ぎないけど、そんなことまで考えてくれるなんて… 

涙が出てくるけど、やはり、元気に頑張ることが最高の恩返しなのだろう! まだまだ気力が出ないことも多いけど、徐々にゆっくりと前向きになろう。来月以降は生協の委員会2つ、サークル2つ+オフ会なども徐々に予定が入ってくるし… そして、たくさん食べて元気になるぞ!(太り過ぎない程度に…) 

  

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